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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)83号 判決

原告

松栄運輸株式会社

右代表者代表取締役

松原久直

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

建守徹

藤井成俊

被告

中央労働委員会

右代表者会長

石川吉右衛門

右指定代理人

萩澤清彦

外四名

主文

一  中労委昭和六〇年(不再)第二四号事件について、被告が昭和六三年五月二五日付でなした決定を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  岐阜県地方労働委員会は、申立人を全日本運輸一般労働組合中部地区生コン支部(以下「組合」という。)、被申立人を原告及び松原鍛工株式会社とする不当労働行為救済申立事件(岐労委昭和五七年(不)第一号事件)について、昭和六〇年四月九日付で、別紙(一)記載の救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。原告は同年六月一二日、初審命令を不服として被告に対して再審査の申立てをしたところ(中労委昭和六〇年(不再)第二四号事件)、被告は、昭和六三年五月二五日付で、再審査申立てを却下するとの別紙(二)記載の決定(以下「本件決定」という。)を発し、同決定書の写しは同年六月二五日に原告に交付された。

2  しかしながら、本件決定は法律判断を誤ったもので、違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

再審査被申立人である組合が、再審査申立て手続きにおいて再審査被申立人たる地位を放棄したので、本件再審査申立てはその対象を失い、被告は、再審査申立人の請求につき審査を継続する必要がなくなったため、労働委員会規則五六条一項によって準用される同規則三四条一項七号に則り、本件決定をしたものであり、本件決定によって初審命令は履行するに由なくなったから、本件訴えはその利益を欠き、却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

労働委員会の不当労働行為救済命令は、使用者に対して不当労働行為排除に必要な一定の作為又は不作為を内容とする公法上の義務を課する処分であって、相手方である労働組合又は労働者に何らかの権利を付与するものではないから、使用者が救済命令によって負担する義務は、相手方である労働組合の履行を求める意思の存否等によって消長を来たすものではない。したがって、本件で仮に組合に初審命令の履行を求める意思がないとしても、それがために公法上の義務が消滅するものではない。また、本件で組合が初審命令の履行を求めない旨の上申書を被告に提出したからといって、組合はこれをいつでも撤回したうえ、労働委員会に対し初審命令の実現を求めて公権力の発動を促すことも可能なのであるから、初審命令は履行するに由なくなったということはできない。よって、原告には本件決定の取消しを求める法律上の利益がある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

五  抗弁

本件決定は、決定書中の理由記載のとおり労働組合法二五条、二七条、労働委員会規則五六条一項によって準用される同規則三四条一項七号に基づき、適法になされたもので、その判断に誤りはない。

六  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁事実のうち、本件決定書理由中の「1初審申立て後の経過」及び「2再審査申立て後の経過」に記載された事実は認めるが、「3当委員会の判断」については次のとおりその判断を誤ったもので、違法である。

2  初審の手続きにつき初審申立人が申立てを維持する意思を放棄したものと認められるとき労働委員会はその申立てを却下することができるとの労働委員会規則三四条一項七号の規定は、同規則五六条一項によって再審査の手続きに準用されているから、被告としては、再審査申立人が再審査申立てを維持する意思を放棄した場合には再審査申立てを却下し、初審申立人が申立てを維持する意思を放棄した場合には初審命令を取消して初審申立人の申立てを却下すべきである。

ところで、本件において被告は、組合が初審命令の履行を求めず、被告における審理への出頭もできない旨の上申書を提出したことをもって、組合が本件再審査被申立人たる地位を放棄したものと認めて本件再審査申立てを却下したものであるが、再審査被申立人たる地位は、再審査申立人から当該再審査被申立人を名宛人とする再審査申立てがなされることによって、受動的に取得されるものであって、再審査被申立人の意思によってその地位を放棄することはできないものであるから、組合の右上申書の提出は、組合において初審申立てを維持する意思を放棄する趣旨でなされたものとみるべきである。したがって、被告は、初審申立人である組合において、初審申立てを維持する意思を放棄したものとして、初審命令を取消したうえ申立てを却下すべきであったのに、本件決定によって再審査申立てを却下して初審命令を維持したものであるから、本件決定は、法令の適用を誤ったものというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実及び被告が本件決定書理由中の「1初審申立て後の経過」「2再審査申立て後の経過」で認定した事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件初審申立てから再審査申立てを経て本件決定に至るまでの経過の概要は、次のとおりである。

1  全日本運輸一般労働組合松栄運輸支部(以下「松栄運輸支部」という。)は、昭和五七年八月二七日、原告及び松原鍛工株式会社を被申立人として、その組合員八名を松原鍛工株式会社の製品運搬に就労させること、右製品運搬に就労させるまでの間の未払賃金相当額を支払うこと及び陳謝文の提示をすることをそれぞれ求める不当労働行為救済申立てを岐阜県地方労働委員会に申立てたところ、同年一〇月二四日松栄運輸支部は、全日本運輸一般労働組合尾張地域支部及び同組合中川地域支部と合併して本件再審査被申立人である組合(全日本運輸一般労働組合中部地区生コン支部)を結成し、組合が松栄運輸支部の本件初審申立人としての地位を承継した。なお、右合併後松栄運輸支部は、全日本運輸一般労働組合中部生コン支部松栄運輸分会(以下「松栄運輸分会」という。)と称した。

2  ところが、右組合員八名が同年八月二九日から昭和五九年四月二五日までの間にいずれも原告を退職し又は組合を脱退したので、組合はその申立て救済内容を、製品運搬への就労拒否による不利益取扱い及び組合に対する支配介入を禁止すること並びに陳謝文の掲示をすることに変更し、右組合員八名の未払賃金相当額の支払いを求める部分を取り下げた。

3  岐阜県地方労働委員会は、昭和六〇年四月九日付けで、右変更後の申立てにつき、原告に対しては、組合員に対するトラック運送業務就労拒否による組合への支配介入の禁止とこれに関する誓約文書の組合への交付を命じる救済命令(初審命令)を発し、松原鍛工株式会社に対する申立ては却下する旨の決定を下した。

4  原告は、初審命令を不服として、同年六月一二日、その取消しを求めて再審査を申立てたところ、組合が同年一一月二二日付で被告に対し、松栄運輸分会は組合から脱退したので組合としては初審命令の履行を求めず、被告における審理への出頭もできない旨の上申書を提出したので、被告は、組合が再審査被申立人たる地位を放棄したものと認めて本件決定を下した。

二被告の本案前の主張について

右事実によれば、被告が本件決定により原告の再審査申立てを却下したことによって、被告がいかなる意思で本件決定をしたかにかかわりなく初審命令が現在存在し、原告は公法上の義務として初審命令を履行すべき義務を課せられていることになるから、本件決定が違法であるとしてその取消しを求める原告の訴えは、特段の事由のない限り、その利益を有するものというべきである。

しかして、右特段の事由に関し被告は、組合は初審命令の履行を求めず、再審査被申立人たる地位を放棄しているから、原告が初審命令の履行を求められるおそれはなく、本件訴えはその利益を欠く旨主張する。しかしながら、原告の負う初審命令の履行義務は公法上の義務であって、組合の意思いかんにより消長を来たす性質のものではなく、初審命令が存在する以上、組合が消滅した場合等と異なり、原告が右命令の履行を命ぜられる可能性を否定し去ることはできず、さらに本件において他に初審命令の履行が客観的にみて不能となったり、右命令の内容が他の方法によって実現されてその目的が達成されるなど初審命令がその基礎を喪失し拘束力を失うことを肯定するに足る特段の事由は存在しないから、原告は本件決定の取消しを求めるための訴えの利益を有するものといわなければならない。

よって、被告の本案前の主張は理由がない。

三本件決定の違法性について

当事者間に争いのない前記事実によると、被告は、組合において、松栄運輸分会が組合から脱退したので組合としては初審命令の履行を求めず被告の審理にも出頭できない旨の上申書を提出したことをもって、組合が本件再審査の被申立人たる地位を放棄したものと認め、本件再審査申立てを却下したことが明らかである。しかしながら、再審査被申立人たる地位は、自らの意思で取得するものではなく、再審査申立てがなされることによって受動的に取得されるもので、自らの意思で放棄することはできないものであるから、組合の前記上申書の提出は、組合において初審申立てを維持する意思を放棄する趣旨でなされたものとみるべきである。そうすると、被告は、労働委員会規則五六条一項により準用される同規則三四条一項七号、四項に従い初審命令を取消し、初審申立人の申立てを却下すべきであったものといわなければならない。したがって、かかる措置をとらず再審査申立人である原告の再審査申立てを却下した本件決定は違法であり、取消しを免れない。

四よって、本件決定の取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福井厚士 裁判官酒井正史 裁判官甲斐哲彦)

別紙別表1〜5〈省略〉

別紙(一)〈省略〉

別紙(二) 決定書

再審査申立人 松栄運輸株式会社

代表取締役 松原久直

再審査被申立人 全日本運輸一般労働組合中部地区生コン支部

執行委員長 槇尾辰男

主文

本件再審査申立てを却下する。

理由

1 初審申立て後の経過

(1) 本件初審申立ては、当初全日本運輸一般労働組合松栄運輸支部が申立人となり、本件再審査申立人である松栄運輸株式会社(以下「会社」という。)及び松原鍛工株式会社を被申立人として、五七年八月二七日に岐阜県地方労働委員会(以下「岐阜地労委」という。)になされた。

初審における請求する救済内容の要旨は、①組合員八名を松原鍛工株式会社の製品運搬に就労させること、②①の仕事に就労させるまでの間の未払賃金相当額の支払い及び③陳謝文の掲示の三点である。

その後五七年一〇月二四日、全日本運輸一般労働組合松栄運輸支部(以下「松栄運輸支部」という。)、同尾張地域支部、同中川地域支部が合併し、各支部所属組合員が個人加入する形をとって、本件再審査被申立人である全日本運輸一般労働組合中部地区生コン支部(以下「組合」という。)を結成し、組合が松栄運輸支部の初審申立人としての地位を承継した。

なお、上記合併後、松栄運輸支部は組合の松栄運輸分会(以下「松栄運輸分会」という。)と称した。

(2) 松栄運輸支部が、不利益処分を受けたとして救済を求めていた八名の組合員は、五七年八月二九日から五九年四月二五日の間に、いずれも会社を退職し又は組合を脱退したので請求は取下げる旨の上申書を、それぞれ岐阜地労委に対して提出した。

(3) その後、組合は本件の請求する救済内容を、①製品運搬への就労拒否による不利益取扱い及び組合に対する支配介入の禁止並びに②陳謝文の掲示に変更し、組合員らの未払賃金相当額の支払いについては救済申立てを取下げた。

(4) 六〇年五月三一日岐阜県地労委は、本件初審申立てについて、会社に対し、①組合員に対するトラック運送業務就労拒否による組合への支配介入の禁止、②①についての組合への文書手交を命じ、③松原鍛工株式会社に対する申立ては却下するとの一部救済命令を交付した。

2 再審査申立て後の経過

(1) 六〇年六月一二日会社は初審命令を不服として再審査を申し立て、初審命令の取消しを求めた。

(2) その後、当委員会は、調査期日を六〇年一一月二五日一四時と指定する調査通知書を同年一〇月三日付けで会社及び組合に送付した。

(3) しかるところ、組合が六〇年一一月二二日付けで当委員会に対し、松栄運輸分会は組合から脱退したため初審命令の履行を求めず当委員会の審理への出頭はできない旨の上申書を提出した。

(4) その後、松栄運輸分会が新たに加盟した全日本建設運輸連帯労働組合(中央執行委員長 長谷川武久)は、六〇年一二月一九日付けで当委員会に対し、同組合が中央労働委員会の審理に対処したい旨の申入書を提出した。

さらに、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下「連帯関西生コン支部」という。)は、六一年四月四日付けで、松栄運輸分会員全員が組合から連帯関西生コン支部に移籍したことにともない同支部が再審査被申立人となった旨の上申書を提出した。

(5) その後、連帯関西生コン支部は、六二年四月二七日付けで当委員会に対し「当事者の承継的追加申立理由書」を提出し、上記(4)の上申書の趣旨について要旨次のとおり主張した。

松栄運輸分会員は、組合から連帯関西生コン支部に移籍した後も依然として救済を求める意思と利益を保持しているから、本件紛争解決の必要性、不当労働行為救済の必要性は失われていない。したがって、松栄運輸分会員全員が在籍している連帯関西生コン支部が当然に救済申立ての利益を承継し、再審査手続を続行する地位を認められるべきである。

すなわち、再審査被申立人適格は当事者の承継的追加の法理により、組合から連帯関西生コン支部に移転したものである。

以上により、労働委員会規則第三二条の二第一項に基づき当事者追加の申立てを行うものである。

3 当委員会の判断

上記2の(3)のとおり、組合は、松栄運輸分会が組合を脱退したことを理由に、初審命令の履行を求めず当委員会の審理への出頭はできない旨の上申書を提出しており、このことは、組合が本件再審査について、再審査被申立人たる地位を放棄したものと認めるのが相当である。

なお、上記2の(4)及び(5)のとおり、連帯関西生コン支部は本件の当事者となった旨申し出ているが、本件の場合は組合の申立てにかかる支配介入事件であり、松栄運輸分会の組合員であったものが連帯関西生コン支部に加入したとしても、組合と全く別の労働組合である同支部に再審査被申立人たる地位を認めることは相当でない。

したがって、本件初審命令の取消しを求める会社の再審査申立てについて、審査手続を進めるに由なくなったものというべきであり、本件再審査申立てを却下することとした。

よって、労働組合法第二五条及び第二七条並びに労働委員会規則第五六条第一項により準用される同第三四条第一項第七号の規定により、主文のとおり決定する。

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